【紙ふうせんブログ】

平成28年

紙ふうせんだより 10月号 (2017/04/14)

皆様、いつもありがとうございます。ようやくの秋晴れにヘルパーの皆様は、自転車で気持ちの良い風に吹かれているでしょうか。「学問や芸術の秋」と呼ばれていますが、学究の奥にどんな真理があるのか、美しさの秘密とその本質とは何か、などを“自らに問う”思索にふさわしい季節が“秋”なのでしょう。では“自問”を始めてみましょう。

風に吹かれて

『風に吹かれて』 訳詞:忌野清志郎どれだけ遠くまで歩けば、大人になれるの?どれだけ金を払えば、満足できるの?どれだけミサイルが飛んだら、戦争が終るの?その答えは風の中さ 風が知っているだけさいつまで追っかけられたら静かに眠れるの?どれだけテレビが唄えば、自由になれるの?どれだけニュースを見てたら、平和な日がくるの?その答えは風の中さ 風が知っているだけさ

どれだけ強くなれたら、安心できるの?どれだけ嘘をついたら、信用できるの?いつまで傷つけあったら、仲良できるの?その答えは風の中さ 風が知っているだけさ

したがって、どれだけ風が吹いたら、解決できるの?どれだけ人が死んだら、悲しくなくなるの?どれだけ子供がうえたら、何かが出来るの?その答えは風の中さ 風が知っているだけさ
ボブ・ディランの代表作『風に吹かれて(Blowin’ in the Wind)』(1963)は誰でも一度は聞いた事があるでしょう。淡々とした歌声にのせられたその問いは、「どれだけの砲弾を発射すれば、武器を永久に廃絶する気になるのか」「一人一人にいくつの耳をつければ、他人の泣き声が聞こえるようになるのか」「人はどれだけの死人を見れば、これは死に過ぎだと気づくのか」などです。ボブ・ディランはその答えを「ただ答えは風の中で吹かれているということだ。」「しかも紙切れみたいに、いつかは地上に降りてこなきゃならない。でも、折角降りてきても、誰も拾って読もうとしないから、誰にも見られず理解されず、また飛んでいっちまう。世の中で一番の悪党は、間違っているものを見て、それが間違っていると頭でわかっていても、目を背けるやつだ。」と述べている。The answer is blowin’ in the wind.(答えは風の中で吹かれている)の訳はさまざまな見解があり、「その答えは 風に吹かれて 誰にもわからない」と訳している人もいる。

風の象徴性

古来から「風」は“眼に見えないもの”を象徴している。古代インドや仏教では、世界の諸要素の働きを「地水火風空」(ちすいかふうくう)の五大(ごだい)で表しているが、「風」の働きは成長・拡大・自由など。“五大”を身体の諸機能にあてはめると風は“息=呼吸”であり、日本では「息を引き取る」は死を意味する。風を描いた映画監督として知られている宮崎駿の『風の谷のナウシカ』では、風の谷の村が破滅的な死に襲われようとしている時、「風が止まった」とあり、主人公の死によって村人が救われ、主人公に奇跡が起きて「風が戻ってきた」となる。このように風は“眼に見えないもの”としての“命”そのものも意味する。するとボブ・ディランの問いの答えは、「一人一人の命の中にある」という意味に解する事もできる。しかし「誰も拾って読もうとしない」のだ。答えは“そこ”にあるもかかわらず。『風に吹かれて』が透明な悲しみをまとっているのはそのためかもしれない。

白い美しい蝶

命あるものは全て微生物から人類に至るまでみな、成長・拡大・自由を指向している。細胞の増殖は目に見える変化ではあるが、心の営みは他人からは眼に見えない。風のように“感じる”くらいが精いっぱいだ。見えないものから目を背けてしまうと、外見の見栄えばかりを気にして中身が失われてしまう。人は見かけによらぬものだ。心の中の風に気が付いているだろうか。

『僕はまるでちがって』という黒田三郎の詩がある。外見の「僕」は「昨日と同じ」でしょぼくれてはいるが、心の中には「僕のなかを明日の方へとぶ 白い美しい蝶がいるのだ」という、秘密を打ち明けるような詩だ。私の中には風に舞う白い蝶はいるだろうかと自問しよう。それを明日の方へと飛ばそうと努力する。その営みは他人からは秘密である。本当の成長も本当の美しさも眼には映らないのだから。

僕はまるでちがって』 黒田三郎

 

僕はまるでちがってしまったのだなるほど僕は昨日と同じネクタイをして昨日と同じように貧乏で昨日と同じように何も取柄がない

それでも僕はまるでちがってしまったのだなるほど僕は昨日と同じ服を着て昨日と同じように飲んだくれで昨日と同じように不器用にこの世に生きている

それでも僕はまるでちがってしまったのだ

ああ

薄笑いやニヤニヤ笑い口をゆがめた笑いや馬鹿笑いのなかで僕はじっと眼をつぶる

すると

僕のなかを明日の方へとぶ白い美しい蝶がいるのだ

 

   美しき秘密

美しき秘密はそっとビンに入れ時々フタをあけては覗く

この短歌の作者はどんな人でしょうか。若い女性が淡い恋心をそっと胸にしまっている様な初々しさがあります。この方は実は大正13年生まれの要支援の利用者さんなのですが、歌集の刊行は平成8年なので、若いとは言えない頃に詠んだ歌かもしれません。しかし実際今のこの方も美しいのです。好奇心に満ちている様子が気品として感じられる方です。きっと心の中には白い美しい蝶がいるのでしょう。蝶が心の中で小さな風を起こしている事が元気の秘訣かもしれません。私が美しいという事は、私だけが知っている私だけのないしょで良いのです。私の秘密を他人に宣伝する必要も他人と比較する必要もありません。

私たちは介護を通して多くの高齢者に会います。その多くの方が肌はしわしわで、髪は白くなっています。テレビの化粧品やシャンプーのCMが喧伝するような美しさはどこにもありません。だからといってそのような外見に惑わされて、その方の持つ本当の美しさに気が付かないのであれば、眼がショボショボしているのは利用者さんではなく自分自身であり、それはとても損です。「自分磨き」とはテレビのCMが言うようなお肌や毛髪の問題だけではないでしょう。私は、眼の前の利用者さんの心の中の白い蝶に気が付きたいし、それができれば、自分の心の中にも白い蝶が羽ばたくでしょう。風は利用さんからもいつも吹いてきています。その風に身をさらしていこうと思います。もう一つこの方の歌を紹介します。

人は死に空も風も死なしめて男はどうして戦争がしたい

「風を入れる」とは変化させること。変化は常に問いかけから始まります。心の中に風を入れていきましょう。『風の歌を聴け』とは村上春樹の小説のタイトルですが、自分は風の歌を聴いているのか、自問していきたいと思います。

 

 

 


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