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令和2年
紙ふうせんたより 7月号 (2020/09/25)
※4小泉政権がマーケッティングによって扇動に弱く政権支持に誘導できると導き出した知性の低い層、米国のトランプ支持者と似る ※5アリストテレスの『政治学』の「共通の利益」に由来、マイケル・サンデルがNHK『ハーバード白熱教室』 (2010年)で強調、『これからの「正義」の話をしよう』に書籍化 ※6先進国で自殺が1位は日本だけ。他国は事故死(自殺白書)
新しい時代を拓くために
ヘルパーの皆様、いつもありがとうございます。東京都の感染者集が1日で400人を超えてしまいました。感染予防対策をお願いいたします。日本の古典や仏典では人心や治世が乱れると飢饉・疫病や戦争や災害が起こるとしてきました。身内びいきの暗愚な政治がコロナ禍を加速させている様相ですが、時代を俯瞰しながらこれからの社会を考えてみましょう。
自分本位の“価値観の相対化”が否定してしまったもの
東西冷戦が解消しイデオロギー対立が終焉すると確固たる価値観は語られなくなり、あらゆるものが相対化して語られるようになりました。時を同じくして日本はバブル崩壊を迎えます。相対化の視点は、多様性尊重の揺りかごとなりましたが、同時に社会病理をこじらせます。より良い人生やより良い社会を目指していくという「目標」が失われ、“より良い”とは何か?と問う精神的営みや社会的努力を“無駄なもの”と考える人が現れるようになってしまったのです。漂流する社会は不況を長引かせ、根無し草となった者は確固とした手ごたえのあるモノ「金と権力」に吸い寄せられていきます。そして自由競争の中での勝者を正義(市場原理)と見なす新自由主義がグルーバリズムの嵐にのって規制の無い(弱者に対する配慮の無い)自由競争を叫び支持を集め、強者の論理で社会が動かされ、政治や経済などのシステムも変化していきました。格差社会が出現し、多くの人が“強者”の口真似をして「強者の論理」を語り、「価値観の相対化」と「新自由主義」が時代の空気となりました。
「“〇〇でなければならない”という価値観の押し付けはしないで欲しい」
「隙を見せたら強者に喰われてしまうので、自分も強者にならなくてはいけない(弱者の面倒をみている余裕は無い)」
※1 トマス・ホッブズの著作(1651年)による自然状態における人間の有様
※2 イデオロギーが無くなって価値観相対主義の時代(ポストモダン)とされた
※3 フランシス・フクヤマの論文(1989年)
※4 宮台真司の著作(1998年)
弱い者たちが“さらに弱い者叩く”負の連鎖から抜け出るために
悲しいことに“弱者叩き”は、自分がされた事を他人にしてしまうという側面があります。 一部の扇動屋を除いてB層(※5)とされるような者が自らの行為の自由を根拠に自分より弱い者を叩くという構造がありますが、これは自由をはき違えています。本来、私達が享受している「自由」は他者の人権を侵害しないという「基本的人権の相互尊重」を前提としているのです。しかし、自分本位の相対化論法は「そのような考え方もあるが、私の考えは違う」として自己中心性の変更を拒否します。コロナ騒動でも“他県ナンバー狩り”や“感染者差別”“医療従事者への偏見”が見られました。このような時代に必要なものは、「基本的人権の相互尊重」と「社会的弱者に対する権利擁護」を「共通善(※6)」として公教育レベルから再確認していくことではないでしょうか。多様な生き方やマイノリィとの共存を当然の前提として「どのように共同体を維持していくのか」という方向性を持って各個人が社会の構成員としての「善き生き方」を考慮に入れていくのです。各個人が自由を享受しつつも自分自身の自己中心性を相対化して「異なる者への寛容」を示していくならば、「異なる者を排除しようとする差別や暴力」への不寛容な空気が社会に醸成されます。例えばイジメをしてしまう・されてしまう子供たちにとってもこのような「人権」の考えを真に自分のものにできたならば、自分が生きていく柱となり負の連鎖から抜け出す道筋にもなってくると思います。
介護職とはどのような仕事か 時代を拓く鍵となる職業
「やまゆり園事件」は4年前の7月26日に発生しました。植松被告は介護職を経験し権利擁護や虐待防止などの研修も受けただろう“にもかかわらず”という福祉業界の敗北がそこにはあります。私達自身が、福祉の仕事が社会にとってどのような意味や価値を持つのかを問い直していかなければなりません。私達の仕事は、弱肉強食や自分本位を是とする社会の風潮に対して反対(カウンター)する位置づけにあることをはっきりと自覚する必要があります。私達の仕事は、「基本的人権の相互尊重」や「社会的弱者に対する権利擁護」の実現を柱としながら、困っている個人に対して具体的に直接的に支援します。それは、漂流する社会に根を下ろし、さらにはそれを「共通善」という大地につなぎ止め、「善き社会」の成立・維持・継続に関わる仕事なのです。私達が健全に福祉の仕事に邁進するならば、有るべき社会の姿「この社会は生きるに値する」という事を現実に示す事になり、同時に誰かの「生」に対して「この命は生きるに値する」と感じさせていく事になります。
若者(※7)の死因・第1位が「自殺」の日本、先進国で最も酷い社会の中で若者は生きています。誤解してはいけません。若者は「自分の人生を生きるに値しない」と思ったのではありません。そう思わされた構造的な歪みがあった上で、より本質的には「この社会は生きるに値しない」から、この社会から去っていったのです。また、「国際比較調査に見る日本の高齢者の意識」の調査結果(平成27年)では、家族以外の人で相談し合ったり、世話をし合ったりする親しい友人がいるか尋ねたところ、「いずれもいない」と回答した高齢者の割合が、日本は、アメリカ、ドイツ、スウェーデンを含めた4ヶ国の中で最も高いのです。自殺する若者と同じように要介護高齢者も「死にたい」と言われる方が多くいます。何がそう言わせてしまうのか。私達介護職は、まずそこから戦わなければならないのです。
※5 小泉政権がマーケッティングによって扇動に弱く政権支持に誘導できると導き出した知性の低い層、米国のトランプ支持者と似る
※6 アリストテレスの『政治学』の「共通の利益」に由来、マイケル・サンデルがNHK『ハーバード白熱教室』 (2010年)で強調、『これからの「正義」の話をしよう』に書籍化
※7 先進国で自殺が1位は日本だけ。他国は事故死(自殺白書)
紙面研修 |
QOLから見た死 |
安楽死は、行為の主体として他人が関与し、自分自身ではもはや実行することのできなくなった患者に、身体的侵害によって直接死をもたらすことです。
積極的安楽死:患者の命を終わらせる目的で「何かをすること」
消極的安楽死:患者の命を終わらせる目的で「何かをしないこと」
【自殺ほう助】
自殺幇助とは「自殺の意図をもつものに、有形・無形の便宜を提供することによって、その意図を実現させること」です。安楽死が、行為主体として他人が関与するのに対して、自殺幇助は、その時点で意思能力のある患者本人が関与します。患者は、例えば処方された薬物、あるいは毒物、あるいは他の行為によって自分の命を絶ちます。
【患者の意思で延命治療をしないこと(差し控え・中止)』と、『消極的安楽死』との違い】
患者の命を終わらせようとする意図や目的がある場合は「安楽死」であり、それに対して、患者本人に延命治療拒否の(事前)意思があり、その意思を尊重しよう、患者の苦痛を除いてあげようという意図・目的の下に延命治療を中止・差し控えるのが『患者の意思で延命治療をしないこと』です。患者の‘命’を終わらせる目的ではないので、消極的安楽死とは異なる概念であると考えられます。
したがって、『患者本人の意思で延命治療をしないこと』においては、無益な延命治療は中止したり差し控えたりしますが、その患者が生きている限りは、緩和ケアのコンセプトの下に、十分な心のこもった快適ケアは提供されることになりますし、疼痛緩和のために必要な治療も提供されます。
【尊厳死】(清水哲郎『医療現場に臨む哲学』)
「尊厳ある死」(Death with Dignity -本来の意味での「尊厳死」) とは、人間としての尊厳を保って死に至ること、つまり、単に「生きた物」としてではなく、「人間として」遇されて、「人間として」死に到ること、ないしそのようにして達成された死を指す。「尊厳死は倫理的に許されるか」と問う必要はなく、定義からいって尊厳死は目指されるべきこととなる。すべての死は尊厳死が理想である。
★POINT★ 自殺(ほう助)→死ぬこと(手伝うこと)……死を目的とする人為的な死
積極的安楽死→死なせること(殺すこと )……死を目的とする人為的な死
消極的安楽死→死ぬにまかせること……死を目的とする自然な死
尊厳死→緩和医療・緩和ケアの実施……苦痛を取り除くことを目的とする自然な死
★治療が困難であり、患者は死が避けられずその死期が迫っていることが医学的にも判っており、本人や家族が延命を望まない場合は、一般的には延命治療をやめて緩和医療に切り替えられる。
★苦痛を取り除くことはQOL(クオリティ・オブ・ライフ)にとって大切(ライフ=人生・命、QOL=質の高い人生・質の高い生存を追求すると、最終局面は尊厳死となる)、その意味でも、生と死を分断されたものではなく連続したものとして考える必要がある。「皆に迷惑をかけるからから死にたい」という“死にたい”は本当に「自己決定」と言えるでしょうか。
【考えてみよう】 “クオリティ・オブ・デス”(質の高い死)とは何だろう ※尊厳死を誤解して“安楽死”と呼ぶ方が多くいます。また、「死の自己決定」を求めて医師による自殺ほう助や積極的安楽死の合法化を求める声(どちらも“安楽死”と主張)もありますが、なかには意思表示できない人を殺すこと(明確な殺人)をも“安楽死”と呼び実施を叫ぶ人がいるため、安易な(意図的なのか?定義をぼやかした)“安楽死”是非の議論は危険です。(死を選ばざるを得ない状況での「選んだ死」は「本当に望んで選んだのか?」ということに注意を払う必要があります) |
「嘱託殺人、安楽死議論の契機にすべきでない」日医会長 日本医師会の中川俊男会長は29日の会見で、難病の筋萎縮性側索硬化症(ALS)の女性患者(当時51)への嘱託殺人容疑で医師2人が逮捕された事件と、安楽死の議論を結びつけることについて「これを(議論の)契機にすべきではない。慎重にしたい」と述べた。 中川氏は「今回の事件のように患者さんから『死なせてほしい』と要請があったとしても、生命を終わらせる行為は医療ではない」と強調した。「そのような要請があった場合は患者さんがなぜそのように思ったのか、苦痛に寄り添い、ともに考えることが医師の役割だ」と述べた。 終末期医療のあり方については、これまで日本医師会内部で検討を重ねてきたといい、「ALSをもってただちに人生の最終段階ではないことを確認している」とした。「死を選ばなければいけない社会ではなく、生きることを支える社会をつくる」と訴えた。(久永隆一2020年7月29日朝日新聞) |

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2020年9月25日 8:12 PM | カテゴリー: 【紙ふうせんブログ】, 令和2年, 紙ふうせんだより
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