【紙ふうせんブログ】

令和3年

紙ふうせんだより 9月号 (2021/10/15)


学ぶ心を起動せよ!

ヘルパーの皆様いつもありがとうございます。学び問う秋です。気温の乱高下に体調も振り回されてしまう9月でしたが、このお便りが届くころは10月になってしまいますね。皆さんの体調はいかがですか? 無事に暑さを乗り切られましたか? 涼しくなってきて幸いです。10月なのにお便りが9月号という押し気味感に察して頂ければ幸いですが、倦(う)まず弛(たゆ)まずに続けていきたいと思います。

他の事はさておいても、利用者さんに対しては常に精一杯の気持ちで接したいものです。そこに惰性が生じてしまったら命に対して不誠実になってしまいます。とは言え、毎週同じ会話と同じサービス内容を繰り返していたら飽(あ)くこともあるわけで、そうならないためには「何が必要か」ということを真剣に考えねばなりません。

学ぶということ

「学ぶ」とは何でしょう。「知らないことを知る」ということがまず挙げられます。とは言え、知らないことを探して(確かに世の中は自分の知らないことに満ちていますが)興味のままにネットサーフィンをしても暇つぶしにはなっても充足感は得られず、変らない日常を過ごすということも多々あるわけで、単に「知らない“情報”を知る」ということだけでは学びにはならないようです。

何が足りないのか。充足感のある「学び」が得られた時のことを振返ってみると、その時には物事の成り立ちや構造や原理など、何かに「気が付いた!」「解った!」という発見や感動がありました。思い出してみましょう。学びを得た前と後とでは、何かかが違う。知りたかったことを知っている。解らなかったことが解った。学んだ後に見える景色は、学ぶ前とは少し違っているはずです。つまり「知らないことを知って“自分が少しだけ変わった”」ということが学びの本質にあるようです。

自律的学習に必要なこと
例えば、優れた教師は意欲の薄い子に興味を抱かせることが抜群に上手いのですが、これは、手を変え品を変え学ぶきっかけをどう作るか、という教える側の課題となります。きっかけを得られると、伸びる子は教わった所を超えて自分の興味で学習領域を拡げていく自律的な学習の循環に入っていきます。

この時、どんな内的変化が起きているのでしょうか。さまざまな物事に対して「なんでだろう」「どうしてだろう」「どんな仕組みになっているのだろう」と、疑問が沸き起こっているはずです。ひと度『自ら考える』ことが起動すれば、思考は次々と立ち上がります。「これはこうなっているのではないかな?」「こうしたら良いのではないかな?」と、仮説を立てては検証するというトライ・アンド・エラーの繰り返しとなり、ついに「わかった!こうだ!!」という“発見”に至ります。たとえそれが“皆が知っていること”であっても、この発見には大きな意味があります。発見したのは情報という“答え”ではなく、回答を自分の力で導き出せるという『自信』だからです。そしてこの自信は自己効力感(※1)の源ともなるのです。

※1自己効力感(セルフ・エフィカシー)とは、自分がある状況において必要な行動をうまく遂行できると、自分の可能性を認知していること。カナダ人心理学者アルバート・バンデューラが提唱した。自己効力や自己可能感などとも訳される。


自律的学習を阻むもの


自律的学習の好循環は、現実的には多くの壁があります。例えば“コスパ”といような効率重視の風潮です。学習が単に“情報を覚える”というような浅い認識にある場合、自分で考え仮説を立てて思考錯誤して回答を導くという迂遠なやり方は、「教えた方が、教わった方が速い」となってしまうのです。

しかしこれでは「習得」にはなりません。習うことは出来ても「得る」ことができないからです。学びによって本当に得るべきものは情報ではなく、問題に対して自律的学習を起動させて解決していく『自らの力』なのですから、その力が身につかなければ、習った情報を応用することもままならなくなってしまうのです。

学びの要諦は「学ぶ側」にあり

昔の職人は「見て覚えろ」と言われていました。弟子は道具の手入などの下働きを積みながら親方の仕事を手伝います。ほとんど教えては貰えずにモタモタしたら怒られるので、親方の一挙手一投足を観察します。「どうしてその動きなのか」「今何をしようとしているのか」「何でそれをやるのか」「次は何をやるのか」「次に必要な段取りは何か…」先回りして準備をします。手入で道具の扱いは自然と身についています。暇な時は見様見真似して自分でもやってみます。そうしているうちに親方から「お前、これやってみろ」と言われて出来てしまうのです。

これは不思議なことではありません。親方の手元をじっとみているうちに、脳内にあるミラーニューロン(※2)と呼ばれる神経細胞の波長が親方の脳波と同調し、いざ自分がやってみる段になった時、ミラーニューロンは学習した脳波を再現するのです。これは赤ちゃんが言語を習得していく過程に似ています。親の語りかけに何だろうと耳を済ましているうちに自然と音を覚え、認知機能の深いところで論理構造が構成されていくのです。

このように、現代ではあまり好まれない徒弟制度ですが、師匠の教える能力の高低に関わらず技の伝承ができるという優れた面を持っています。よく観察し絶えず自問自答する弟子は、「一を聞いて十を知る」態勢が整うので、案外早く独り立ちしていきます。また、不器用な弟子も長い下積みに飽きさえしなければ必ず出来るようになります。ともあれ、現代では促成栽培のような学習が求められていますが、その悪弊としてのマニュアル思考に陥ってしまえば、教わったこと以外は手出し出来なくなってします。いずれにしても、学びの要諦は教科書や指導者等の「教える側」にあるのではなく「学ぶ側」にあるのですから、「教わってないからできない」という受身では、学ぶ力を自分で弱めてしまうことになるのです。

※2霊長類などの脳内で、自ら行動する時と他の個体の行動を見ている状態の両方で、活動電位を発生させる脳神経細胞。他の個体の行動を見て、まるで自身が同じ行動をとっているかのように”鏡”のような反応をすることから名付けられた。単に行為の視覚特性に反応しているのではなく、他者の行為の意味の理解・意図の理解などに関わっていると考えられている。

学びの要諦は介護におけるコミュニケーションと同じ

利用者さんとのコミュニケーションも、基本的には利用者さんから「学ぶ」というスタンスが大切です。利用者さんが語った一言に「どうしてこの話題なのだろう」「何を伝えたいのだろう」という気持ちで耳をすませ続けていけば、深い理解に向けた態勢が整ってきます。そうしているうちに率直なやりとりの瞬間、利用者さんの気持ちが“腹落ち”します。

これが“登竜門”のように機能して、利用者さんとの間に信頼関係が築かれるのです。このようにして私たちは、利用者さんから私たち自身の目指すべき姿を学ぶことが出来るのです。そして、築かれた深い信頼関係は介護職員としての自己効力感となり、やりがいにもなるのです。利用者さんを「師匠」と捉えて、自身の学ぶ心を起動していきましょう。

 

紙面研修

自己効力感を高めるケア

心理学者アルバート・バンデューラ(1925 – 2021.7.26)によると、人は行動を起こす前に2つの予測を立てていると言います。それは「自分はうまく行うことが出来るかどうか」という予測(効力予期)と「結果を出す事ができるかどうか」という予測(結果予期)です。この予測のポジティブ度合いの高さが自己効力感となります。当然ですが、自己効力感が高ければ成功する可能性は高まります。

言い換えれば、自己効力感とは、行動を起こす時や目標に向かっていく時に「やってみよう!」と思える力のことです。この気持ちの背景には「きっとうまくやれる」「自分にはできる」という感情があります。その感情は、「失敗してもリカバリーすれば良い」とか「厳しい判断を迫られた時には人に聞いたり調べたりして適切に選択できるように最善をつくそう」とか「諦めずに続ければ必ずできる」「今、ノリノリだから必ず出来る!」等といった自分に対する認識の仕方によって強まったり弱まったりします。この自分に対する認識の仕方が「自己効力感の先行要因」となります。その要因は主に4つあります。

 

1.達成経験:自分が何かを達成したり、成功したりした経験。最も重要な要素

2.代理経験:身近な人などが何かを達成したり成功したりすることを見聞きすること

3.言語的説得:「君ならできるよ」等の言語による励まし。但し効果の度合いや持続期間は相手への信頼度等に左右される

4.生理的情緒的喚起:身体的・精神的・心理的要因での気分の左右。生理やお酒や体調等も含む。例えば緊張して失敗した経験があれば 緊張感はネガティブ要因になるし、リラックスはポジティブ要因になる等。心身の状態を整えてネガティブに向かないようにすること。

 

 

※その他にも想像的体験(自己や他者の成功経験を想像すること)や承認(周囲から認められているかどうか)や、行動に対する意味付けや必要性の理解、達成する為の戦略や、成功や失敗の責任が誰に帰属するか(失敗の責任を押し付けられるとたいていは躊躇する)、周囲の支援の有無や、認知能力なども関わってくる。

 

近年、臨床や看護の現場でも自己効力感の高さによって、患者の回復の度合いが異なる事例が多く報告されており、自己効力感の概念は重要視されています。具体的には、セルフケア不足の患者は自己効力感が低い状態が見られることがあり、自己効力感を意識したアプローチが大切だと言われています。

例えば、リハビリで日常生活動作(ADL)が拡大している患者でも、介護してもらうことが当然であると思いこみ、自分では行なわなくなってしまっているケースがあります。このような時は、全面的な介護の段階から一部介護の段階へと「励まし」を行いながら移行し、自己効力感を高めていく必要があります。そして、最終的には自分一人でも出来るような仕組みを構築し、やり方を教えていくのです。(全代償的看護システム→一部代償的看護システム→支持・教育的看護システム)当然ですが、リハビリ効果を高める為には、自己効力感の形成はとても大切なのです。

自立支援的介護も全く同じことが言えます。利用者さんが小さな成功体験を多く積んでいくことは、利用者さんと介護職員の信頼関係ともなります。そうなれば、介護する側も「自分なら利用者と信頼関係が築ける」「自分はよりよいケアが提供できる」という、介護する側の自己効力感となります。なお、自己効力感は「自己肯定感」と似ていますが、自己肯定感はありのままの自分を認める感覚であり、自己評価の高低とは関わりなくあるものです。


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