令和7年
紙ふうせんだより 2月号 (2025/03/24)
何のために、誰のために
皆様、いつもありがとうございます。2024年は介護事業者の倒産が過去最多(172件前年比40.9%増)となり、うち81件が訪問介護ということです。昨年のマイナス改定により訪問介護の無い自治体は、この半年で97の町村から107の町村へと増加、1事業所しか無い町村は272にのぼります。何のための制度改正でしょう。誰のための介護保険法でしょう。法を遵守して、いったい私たちは何を守ろうとしているのでしょうか。
何を基に判断するか
コンプライアンスとは法令遵守とされています。遵守(じゅんしゅ)とは守ることです。法令とは、法と法に基づく命令(政令や省令等)です。法律の上位には「憲法」があります。憲法は、主に国が「してはならないこと」と「すべきことを」定めています。
例えば、「この憲法が国民に保障する基本的人権は、侵すことのできない永久の権利として、現在及び将来の国民に与えられる(※1)」という条文は、国が国民の人権を侵害してはならないことを定めています。「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する(※2)」という条文は、基本的人権に含まれる「生存権」を意味しますが、国が生活保障の制度化をしなければならないと述べています。
では、憲法の上には何があるでしょう。憲法を制定する基礎となった理念があります。日本国憲法の三原則は、国民主権・基本的人権の尊重・平和主義ですが、「基本的人権」は憲法や法律が規定しなくとも、生まれながらに全ての人が有している権利(自然権)とされており、「普遍的人権」とも呼ばれます。
当然ですが人権擁護の原則に日本国籍の有無は関係ありません。世界人権宣言(※3)では「わたしたちはみな、意見の違いや、生まれ、男、女、宗教、人種、ことば、皮膚の色の違いによって差別されるべきではありません。また、どんな国に生きていようと、その権利にかわりはありません。」とうたっています。これは、世界中のどんな権力者も犯してはならない普遍的な原理なのです。
※1 第11条
※2 第21条 国民には生存権があり国家には生活保障の義務があると「社会保障制度に関する勧告」(昭和25年社会保障制度審議会)で明らかにしている
※3「すべての人民とすべての国とが達成すべき共通の基準」として1948年12月10日国連総会で採択。引用は第2条で谷川俊太郎による翻訳。左上の画像は同翻訳で第1条、画像は国際連合広報センターHPより |
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コンプライアンスは、法や憲法の目指すところを含む
コンプライアンスは「法令さえ守れば良い」という意味ではありません。法律の目的やその上にある理念や原理や社会規範に照らし合わせて判断し、行動することを求めています。その時の判断基準となるものを「倫理」といいます。倫理とは、「どのような行為が正しいか」を示すものであり、社会規範や善悪正邪の普遍的な判断規準となるもので、人の「内的な自律」を基盤とします。
一方、法は「どのような行為が正しくないか」という外的規制となります。法律がNGリストと呼ばれる所以(ゆえん)ですが、法の抜け穴を突く者を想定してNGリストを量産したら社会は窒息するでしょう。善行を強制する法は作るべきではないということもあり、倫理はひとりひとりに委ねられています。
コンプライアンスという課題は、私たちが「何をするべきか」という問いかけです。「してはならないこと」と「すべきこと」の両方が意識されなければ、組織も社会も機能不全に陥って弊害がでてくるのです。
利用者さんの日常を知らない者の無責任
あるご利用者さんが退院することになりました。病院にお迎えに行くと、ヒゲぼうぼうの顔には精彩がありません。寝たきりに近い状態にいたようで体にも力がありません。タクシーから降りて自宅の上がり框(がまち)に苦労して、数歩で力尽きてしまいました。ようやく食卓の定位置にたどりつくも体をまっすぐにできません。応答は覚(おぼ)つかず、必死に片方の眼を開けては「目があけられない…」と言われます。そのうちに嘔吐。明らかに異常です。
今まで必要としたこともない睡眠薬や向精神薬らしきものがいくつも処方されています。朝食時の薬だけで29錠あります。ケアマネに来て貰い病院に電話を入れます。状況を説明し、「〇〇さんは以前強い薬が影響して意識障害を起こして救急搬送されたこともあり、薬ではないかと疑っています。先生に薬について伺いたい。」しばらくの保留の後、「今先生がいないので答えられない。救急車を呼んだ方が良いと思うが、当院では受け入れられない」とのこと。ご本人に病院に行きたいか伺うと「絶対に嫌だ」とのことで、ベットに誘導し一晩様子を見ます。
翌午前、在宅医の臨時往診ですが、代診のため薬については判断できない旨を言われます。昼に訪問すると朝の薬を飲んでいないためか元気な様子です。薬を飲むように言うと、「薬を飲むと動けなくなるんだよなぁ」と、その害と飲みたくないことを明確に言われます。しかし、心筋梗塞だったので抗血栓薬や心臓の薬は飲まなければなりません。他の薬はどうするか…。
酷い様子を見た上で何も考えずに飲ませるわけにはいきません。別包の向精神薬だけは抜いて、服薬して頂きます。すると30分ほど経過してまた脱力が見られるようになりました。一包化された物の中にも脳神経に作用する薬が入っていたのです。
内的な自律なくして人は守れない
医師でない者が服薬について判断することは、ルール的には正しくありません。しかし、飲みたくない薬を飲ませることもまた倫理的に問題があります。
判断に対立が生じた時はより根本的な原則に基づくべきです。過剰投薬なら医療倫理の「無危害原則」に反します。介護保険法の総則の「尊厳を保持し、その有する能力に応じ自立した日常生活を営むことができるよう」にという法の目的にも反します。自立した介護職として自律した判断をせずに漫然と内服させることもまた「危害」に加担することになります。
医師よりも看護師よりも「日頃の利用者を知る者の責任」として職業倫理に基づいて“騒ぎ”、内服薬から向精神薬を抜くことをケアマネに連絡し数日の様子見を約束しました。すると翌日には元気が戻り、翌々日には介助で広いスーパーの店内を一周し、寿司を買って食べることができました。
「処方通りに飲ませてさえいれば良い」という表層的なルール主義を狭義のコンプライアンスとすれば、より「倫理性の高いコンプライアンス(※4)」は、医療の目的や生活の質や人権擁護や自己決定の原則までも視野に入れなければなりません。薬も過ぎれば毒となるというような状況で陳腐化したルールを克服していくためには、誰かからの指示を待つのではなく、自らが判断していかなければなりません。
訪問介護の現場は利用者と一対一の関係です。自分が問題提起をしなければ、誰も問題を知らず放置が続くということも起こり得る環境です。責任重大と言えますが、自らの働きかけで利用者さんのQOLが大きく変わる関係でもあります。そうして良くなった時の利用者さんの笑顔は、何ものにも替え難いものです。
※4 フルセット・コンプライアンスという。同論では、真のコンプライアンスとは「社会的要請への適応」とし、「コンプライアス=法令遵守は誤り」と主張する。法令のみを意識した受けとめによって思考停止に陥り組織が硬直化したことが日本の衰退の一因になったと主張する。介護職の離職や介護という仕事の精神的貧困化も同根と考えられ、想像性や創造性の衰退が原因。 |
紙面研修
「倫理的判断」はどのように行われるか
倫理と法
【倫理】人として守り行うべき道。善悪・正邪の判断において普遍的な規準となるもの。道徳。モラル。
【法】社会秩序維持のための規範で、一般に国家権力による強制を伴うもの。
【道徳】人のふみ行うべき道。ある社会で、人々がそれによって善悪・正邪を判断し、正しく行為するための規範の総体。
倫理 |
法 |
「どのような行為が正しいか」を示す |
「どのような行為が正しくないか」を示す |
内的な自律から生じる |
外的強制力によって作られる |
・それぞれ異なるレベルの規範である
・規範はそれが「欠如している状態」にあって意識される
内的規範や自律性から生じる「倫理的判断」
多様な人々の集合であるこの社会において、さらに柔軟さや臨機応変が必須の対人支援職ともなれば、全ての事例に対応できるルールの細則を全て網羅することは不可能です。そこで状況に応じて「判断」が必要になってきます。
私たちはどのように「判断」をしているでしょうか。以下の判断方法の類型を見ていくと、判断する場面での葛藤を回避しようとする姿勢と、葛藤に立ち向かっていく積極的な姿勢があるように思います。そしてその姿勢の違いによって、内的規範や自律性の発展も左右されます。哲学者のカントは「自由な行動とは自律的に行動することで、自律的とは自然の命令や社会的な因習ではなく、自ら課した法則に従って行動することである」と述べています。
《判断方法の類型》
※5項目までが「非合理的」、それより下が「合理的」アプローチとされる
服従:権威者のルールや指示に賛成してはいなくても、ただそれに従う。
模倣:判断を自分以外の他人の判断に依存する。従うのは自らモデルと定めた対象で、優れた対象であれば学びにもなるが、やがては自立・自律していかなければならない。
感情や願望:自らの感情や願望を満たすために判断をしている。時に、願望と判断を取り違える。
直観:洞察によるひらめきを通じて直ちに決定に導く。時に優れた判断になることもあるが、体系的でも意識的でもないため再現性に問題があり、その人の資質や状況によっても大きく変動する。
習慣:良い習慣と悪い習慣がある。体系的な意思決定の過程を繰り返す必要がないので判断は効率的となるが、既存の状況と異なる時は大幅な変更が必要で、漫然とした習慣は弊害となる。
義務論:道徳的決定の基礎となりうる根拠の確かな基準を探求しルール化を求める。但し、そのルールについては合意が得られない状況は往々に生じる。(例:森鴎外の『高瀬舟』など)
結果主義:異なる選択肢から起こり得る結果を予測して、都度、功利主義的に判断をする。正しい行動が最善の結果を生むと考える。
しかし、予測の立ちにくい問題については、逆説的に「結果によって手段を正当化する」「結果を出しさえすれば良い」態度になってしまいがちで、過程(合意形成や過程での失敗)を軽視してしまう傾向となり、独断となる。何をよい結果とみなすかについての合意がなければ、ズレた結果を「良かった」とするような一人よがりになる。
美徳:意思決定の以前の段階にある、日々の行動に表れる意思決定者の道徳性を重視し、日頃から徳を涵養する。重要な道徳性のひとつは共感、他には、正直・思慮分別・献身など。但し、有徳な人でも、状況によっては確信をもてないことも多々あり、誤った判断は完全には回避できない。(徳があればよい決断を下しよい行動をするとされる儒教の徳治主義に近い)
原則主義:ルールと結果の両方を考慮しつつ、正しい行為を決定するために、判断基準(倫理原則)を設けてそれを判断の基礎とする。それでも複数の原則が衝突することがあるため、その都度それぞれぞれ原則の意味や優先度を状況に応じて吟味する。
(※いずれにしても、より良い判断をするためにケア会議等を開催することはとても大切です。)
医療倫理の四原則
医療倫理の四原則はトム・L・ビーチャムとジェイムズ・F・チルドレスが『生命医学倫理の諸原則』(1979)で提唱したもの。生命倫理における「自律尊重」の原則は、特に重要なもので、患者に情報を開示し患者がその内容を十分に理解し、納得した上で「自律的な決定」ができるよう支援するインフォームド・コンセント(説明と同意)が重要となります。
【自律性尊重原則】患者が自律的に自己決定し行動することを尊重し、それを妨げないこと
【善行原則】患者にとっての最善を尊重し、医療的な最善を提供すること
【無危害原則】患者に危害を加えないこと、また危険を予防すること
【公正原則】すべての患者を差別せず、医療資源を公正に適切に活用すること
考えてみよう
自分はどのような判断方法を取る傾向があるだろうか。
自分の中には、自ら課した原則や規範はあるだろうか。 |
2025年3月24日 1:51 PM |
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