【紙ふうせんブログ】

令和3年

紙ふうせんだより 12月号 (2022/01/17)

小さな声が「小さな声」である理由

ヘルパーの皆様いつもありがとうございます。今年もあとわずかです。皆様には大変お世話になりました。本当にありがとうございます。来年もどうぞよろしくお願いします。

悪貨は良貨を駆逐する

昭和33年12月1日は、一万円札が初めて発行された日です。当時の公務員上級の大学卒初任給は9,200円(※1)でしたが、高度経済成長によるインフレから高額紙幣の必要性が高まり、聖徳太子が紙幣となって登場しました。今年の11月1日には500円玉がバイカラー・クラッド硬貨に変わりましたが、紙幣のほうも2024年度には刷新されます。新紙幣も新硬貨もそれぞれ偽造防止のために新しい技術が使われています。

通貨の歴史をひもといていくと偽造との戦いと言えます。日本最初の通貨発行は和同開珎(708年)(※2)と言われており、それ以降「皇朝十二銭」と称されるように何度も新しい貨幣が発行されてきました。しかし、密鋳銭の横行や銅不足から貨幣の品質は低下し、貨幣サイズも小さくなっていったことから、貨幣の通用価値はどんどんと下落していきました。

和同開珎の発行当初は、銭1文は米2kgの価値でしたが、9世紀中ごろには交換できる米の量は10g~20gに減少していたといいます。質の悪い貨幣が流通すると通貨相場は混乱し、貨幣全体の価値も低下してしまうのです。これを「悪貨は良貨を駆逐(くちく)する(※3)」と言います。

 

※1同等職の初任給は30年後の1988年は141,000円(15.3倍)、2018年は211,500円(30年前比で1.5倍)。

※2わどうかいほう(「わどうかいちん」の説も。)最初の貨幣は「富本銭」とも言われているが、通貨としての流通は疑問視されている。

※3 16世紀イギリスの国王財政顧問トーマス・グレシャムの進言が由来。後に「グレシャムの法則」と言われる。

 
悪いものが蔓延すると、良いものは姿を消す

良い貨幣と悪い貨幣が等価値として流通すると、人々は良い貨幣を出し惜しみ、市場には悪い貨幣ばかりが流通します。そして、貨幣そのものの信用まで低下してしまいます。

このようなことは会社や組織の中でも起こり得ます。例えば、丁寧で質の高い仕事をする人と、雑で乱暴な仕事の人が同給与だった場合、質の高い仕事をしている人が馬鹿らしくなって、全体の仕事の水準が低下するということはある話です。また、とても良く気が利くような人が、「あの人がいろいろやると、他の人もやらなくてはいけなくなるから困る。やらないで欲しい」と、やっかみを受けるような雰囲気の職場もあるでしょう。

介護保険制度では、計画に基づいてサービスを実施しなければならないので、サービス精神が旺盛であることが単純に“良い”ということにはなりませんが、「やらないで」という方向づけがひとたび行われると、気が利く人の意欲はやせ細り介護職そのものが嫌になってしまいかねませんし、「言われたことだけやってればよい」という空気が蔓延します。「計画に載ってないから」などと言って必要なことも行われず、ケアプランは些末な文言に囚われた内容となることもしばしばで、描かれるべき生活上の夢や方向性も共有されなくなってしまい、後手に回った介護現場は、利用者の状態変化に即応できるような機動性や柔軟性が失われて、硬直化した味気ないものとなってしまいかねません。

そうならないようにしていく鍵は、ヘルパーさんとサービス提供責任者の連携にあり、ケアの目指すべき方向性への共通認識が大切です。

良いもの、善いことは手間がかかる

なぜ、悪いものの方が蔓延するのでしょう。

一つは手間の問題です。「お金を稼ぐには盗んだ方が楽だ」という思考があるから犯罪は無くならないのです。善いことをするには手間がかかり、しない方は手間がかかりません。例えば、職員による介護虐待疑惑に対して、事業所として調査・検討・改善のプロセスを踏み職員教育を実施して事業所の雰囲気を根底から改善していくのは大変骨の折れることです(※4)。介護保険制度の支援過程は、利用者さんのニーズを汲み取り家族への説明を行い関係各事業所と調整し、サービス担当者会議を開催して合意形成をし、内容を漏れなくケアプランに記載しますが、これも大変な手間です。必要に迫られて手間を省かなければならない場面も出てくるでしょう。

問題はその手間の省き方にあります。そこにある権力関係(力関係)に着目して考えてみましょう。

※4 だからといって、その手間を惜しんでスルーすることは「悪」です。当然ですが、問題が表面化すれば惜しんだ手間以上のペナルティが待っています。線路上に石を置くことは悪いことですが、それを見て石を取り除かなければ、列車は転覆してしまいます。善いことをしようとしないこともまた、悪となってしまうことがあるのです。

「小さな声」を聴き取るためには、明確な自覚が必要

虐待の根本的構図は介護職(強)>利用者(弱)です。虐待疑惑が報告されても放置されているなら管理者や経営者の責任です。「見て見ぬ振り」が“空気”であって問題が上層部に報告されていないなら、空気を醸成する上層部や空気を支配する職員と、そうでない職員との間に力関係の構造(経営者>管理者>強い職員>弱い職員>利用者)があります。

利用者さんが納得のいかない“お仕着せ”と感じる支援に悩んでいる場合はどうでしょう。これは合意形成が不十分なのですが、合意形成の力関係は、たいてい計画作成者や家族が強く利用者が弱い構図になっています。支援者が家族の顔色ばかりをうかがっているような場合、構造として相対的に利用者の声は軽視されてしまいます。手抜きという作為や無自覚という不作為によって聴き届けられない声があるとき、軽視されるのは常に、権力関係が低位にある「小さな声」なのです。これを構造的暴力といいます。

構造的暴力とは、対等ではない非対称な関係の中で強者から弱者に流れる抑圧の力です。弱者による強者への抑圧は原理的にはあり得ないので、「窮鼠(きゅうそ)猫を噛む」的な弱者の反抗は暴力的だったとしても構造的暴力ではありません。「足を踏んだ者は、踏まれた者の痛みを理解できない」という言葉は、権力関係高位者の構造的暴力に対する無自覚性を示しています。例えば、利用者家族からの介護職員への介護ハラスメントも “客の要求は絶対”との思い込みが、客(強者)の内包する暴力性を無自覚に発揮させてしまうのです。強者による弱者への実施が困難なことの強要は、意図しなくてもハラスメント(※5)となるのです。

※5 嫌がらせ、いじめ

自分が変わることから

人は悪い方に流され易く、社会を良くしていくには手間がかかります。だからと言って「善」を強権的に行えば暴力となります。対人支援職ならば、なおさら社会関係の中にある構造を意識するべきでしょう。支援関係という構造の中で、支援者という立ち位置が内包する暴力性に支援者が無自覚ならば、利用者への“介入”は、暴力となります。

それを防ぐためには、「風通しを良くし、何でも言い合える関係をつくる」ことです。これは、弱者も強者に対して普通に注文を言える関係ではないでしょうか。ともあれ、まずは目の前の利用者さんの心の動きに集中し、声なき声に耳を澄ませていきましょう。声を聴くことによって自分自身が変わるならば、世の中に善いものを広めていくことの一つにもなると思うのです。

 

 

紙面研修

文化的背景(構造的問題)を検討する

「BLM」のスローガンに含まれる意味

 世界的なプロテニスプレーヤーの大阪なおみが明確に賛意を示したことから日本でも注目されたBLM、「Black Lives Matter(ブラック・ライブズ・マター)」という言葉は2013年にインターネット上で拡がりをみせた。この抗議は、フロリダ州で白人警官が黒人少年を射殺したレイボン・マーティン事件(2012年)が発端だ。同様の事件はそれ以前も以後も繰り返し起きている。

 BLMは、「黒人の命も大切だ」と日本語訳された。なぜ「も」と付け加える言い方になったのか。米国では黒人男性と白人男性が口論する等なにか騒ぎが起きた時に、“白人の命は守られるが黒人の命は守られない”という状況がある。だから、「白人の命は大切だ。それは言わなくても皆知っていることだろう。でも、黒人の命も大切なんだ。そのことは皆が解っているかい?」という問いが込められている。

 若い黒人男性が警官に射殺されないで生き延びるためには、沢山の困難がある。インターネットで話題になった「若い黒人が従うべき暗黙のルール」は16箇条ある。このルールを守らなければ、若い黒人男性は「黒人である」という理由だけで“武器を隠し持っているかもしれない犯罪者” と疑われしまい、最悪は警察官に射殺されかねないのだ。米国には、白人が享受しているものと同質の自由が黒人には暗黙のうちに認められてはいない。これは根深い構造的暴力だ。「人種差別」と断言していい。




【構造的暴力】とは

元来は国際政治学や平和学の概念。平和学の創始者J.ガルトゥング(1930〜)は、力を直接行使して他人の肉体を損傷させることだけが暴力なのではなく、社会関係の非対称性を介して間接的に生命や人間の可能性を奪い去るような行為も暴力と呼び、「構造が暴力をふるう」と比喩的にとらえた。暴力とは「人間が潜在的に持つ可能性の実現の障害であり、取り除きうるにもかかわらず存続しているもの」としている。




【母が作ってくれた若い黒人が従うべき暗黙のルール】

HUFFPOST 2020.6.6

・手をポケットに入れてはいけない

・パーカーのフードをかぶってはいけない

・シャツを着ないまま、外に出てはいけない

・一緒にいる相手がどんな人か確認する。たとえ路上で会った人でも

・遅い時間まで外で出歩かない

・買わないものを触らない

・たとえガム一つだったとしても、何かを買ったらレシートかレジ袋なしで店を出てはいけない

・誰かと言い争いをしているように見せてはいけない

・身分証明書なしに外に出てはいけない

・タンクトップを着て運転してはいけない

・ドゥーラグ(頭に巻く、スカーフのような布)をつけたまま運転してはいけない

・タンクトップを着て、もしくはドゥーラグを巻いて出かけてはいけない

・大きな音楽をかけて車に乗ってはいけない

・白人の女性をじっと見てはいけない

・警察に職務質問されたら、反論してはいけない。協力的でありなさい

・警察に車を停止させられたら、ダッシュボードに両手を乗せて、運転免許証と登録証を出してもいいか尋ねなさい




 指摘しておきたいのは、黒人がそのような抑圧された状況下に置かれているという現実は、白人にとっては「自身が強者に属してることの自覚」がよほどないと理解できないということだ。

 例えば、何も悪いことをしていないのにも関わらず容姿のみで決めつけられて職務質問を何度も受けている人物が、機嫌の悪い時についに怒りを顕わに警官に抗議したとしよう。「俺が何をしたって言うんだ!俺は何もしていない!」 このような怒りを権力関係に無自覚な人は理解できるだろうか。無自覚な白人警官はズドンと一発撃って、こう言うだろう。「怒りだすのは後ろめたいからだ。悪くないのなら、警察の指示に従えばいい。それをしなかった黒人が悪い。これは職務上必要な正当防衛だ」と。

日本ではどうだろう

「女性の意見もきくべきだ」という方向性に、「女性がたくさん入っている会議は時間かかる」(だから、女性の意見を聞くのは好ましくない)と放言したのは、東京五輪大会組織委員会の森喜朗元首相だ。低劣な発言に批判が起こったが、問題は緊張感のかけらもなく差別発言をさらっと述べることができてしまうような組織風土という構造的要因にある。当該発言を問題と感じないような同質性を持つ人物や、お追従を述べる人間ばかりを優先して組織を固めた結果としか思えない。

 オトモダチばかりを集めて保守的に人事を固めたら、気が付いたらマスク一つすらまともに配布できないくらいに劣化していた某国の政治中枢部とその痴態ぶりが重なってくる。「ジェンダーギャップ指数が156カ国中120位(世界経済フォーラムが2021年3月に発表)ってそういうことじゃないですか。やっぱり日本社会の遅れが、そのまま縮図のように組織委員会の中でも再現されてきたということですね」とは、当該騒動後、五輪組織委員会理事となった來田享子氏のコメント(文春オンライン 2021.11.14)。

 同質性の濃い環境に置かれると、人はその風土の空気を当然のものとして吸っているから、その空気の毒性を「毒」だとは気づけないものだ。例えば、「あの女は出しゃばりだからムカつく」とか「あの女は巨乳だ」などをしゃべくりあっている幼稚なミソジニー(女性嫌悪)的なコミュニティに所属をしていれば、またはそのような偏見に彩られた文化的背景のもとに生育したのならば、そこに蔓延する偏見を自覚するのは難しい。なお、「ウザぃ」だとか「ダリぃ」などという言葉は、同質性に回帰しようとする帰属や承認の欲求から発せられるものだということも理解しておこう。これらの言葉は、部外者を遠ざける防御として、身内に対してはコミュニティに縛り付けるものとして、同質性の補強として機能する。

介護ではどうだろう

「あの利用者はわがままだ」

「あのケアは楽だから良い」

「あの利用者は要求が強いから、びしっと言ってやる必要がある」

「認知症が進んできたからかえってコントロールが楽」

「あのケアはダリぃ」

などという言葉が日常的に発せられているような職場風土では、気が付かないうちに「職員が上で利用者が下」という暴力的な構造が形成される。自分がどのような文化的背景のもとに介護職員としての態度を形成してきたのか。これは各自が自問する必要がある。そして、やっかいなことに構造的問題というものは「一番気がついて欲しい人に、なかなか気が付いて貰えない」というジレンマを抱えている。

考えてみよう

文化的背景から気が付かずに自分が抑圧する側になっていることは無いだろうか

 



 


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