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令和4年
紙ふうせんだより 2月号 (2022/03/18)
新しい季節に、新しい自分を
皆様、いつもありがとうございます。雪の日の訪問はお疲れ様でした。陽射しの熱量は日ごとに増していくようです。再び始まる季節の一めぐりは、年輪のように私を包み、私をも新しくするでしょうか。新しい季節に再び初々しい気持ちで歩み始めたいと思います。
今を生きることの大切さ
自分の心を生き生きとさせるにはどうしたら良いでしょう。目や耳に入る物事が人生の初体験(※1)であるような新鮮さをもって感じられるなら、毎日は感動の連続です。
ある利用者さんは末期の癌と診断され、家族は穏やかな看取りを求めて在宅生活を選択されました。80歳を過ぎても自分で車を運転し経営する小さな町工場まで通っておられたとの事でしたが、癌はおそらくは全身に転移、認知症状もその影響と思われました。身体的に負担にならないように入浴は行わず清拭の支援。やがて歩行が困難になり排泄の支援が毎朝夕となり、奥様の負担軽減のために食事介助も始まりました。食事のお供のポカリスエットを飲みながら、毎日こう言われるのです。「あぁ美味しい。これは何て言うんだい。そうかい、初めて飲んだよ、美味しいね。」そして飲み終えてお替わりをするのです。
穏やかな日々が続きました。「もうすぐ桜が咲きますね」と問いかけると、「農大脇の河津桜は咲いていましたよ」と奥様。奥様は思い出されたように、「そういえば介護が始まったのは去年の今頃でしたね…余命3ヶ月と宣告されたのにもう一年になるのね…」と言われました。この方は、毎日のケアが終わるたびに、初めてケアを迎え入れたときのような笑顔でお礼を言って下さっていました。後光に包まれている様なその佇まいは、本当に体全体が微かな光を発しているように見えました。そうして染井吉野の開花を待ちわびる頃、霙の降りしきる日に旅立っていかれました。認知症の方は「今を生きている」と言われることがありますが、日々感動して生きているようなあのご様子は忘れられません。
「今」の拡がりが、心の自由度を決める?
1959年の米国北部が舞台の映画『今を生きる(※2)』には、青春という人間形成の季節に、常識や規則や将来の不安に縛られて「自分を小さくしてはいけない」というメッセージがあります。厳格な全寮制男子進学校に赴任してきたキーティング先生は、「バラの蕾は早く摘め、時は過行く。今日咲き誇る花も明日は枯れる(※3)」「今を生きろ(カーペ・ディエム )(※4)」と生徒に訴えます。先生に触発された生徒が結成した秘密クラブ「死せる詩人の会」は、「死ぬ時に悔いの無いよう生きるため」というソロー(※5)の一節が開会宣言として読まれます。生きることの核心は過去でも未来でもなく「今」にあります。過去の悔いも未来への不安も感じるのも「今」であり、未来への扉を開くのもまた「今」なのです。またある時、先生は突然机の上に立ち「なぜここに立った?」と問いかけます。「物事を常に異なる側面から見つめるためだよ」と、生徒全員に机の上に登らせます。そして「君ら自身の声を見つけなくては」と促すのです。
※1ドラえもんの秘密道具にはなんでも初めてのような感動をうける「ハジメテン」という薬がある
※2ロビン・ウイリアムズ主演1989年米国
※3 17世紀英国王党派詩人ロバート・へリック
※4ラテン語で「その日を摘め」紀元前1世紀のローマの詩人ホラティウスより
※5ヘンリー・D・ソロー(1817‐1862)「ウォールデン 森の生活」第2章より
過去を尋ねることによって、新しい自分を知る
地面の蟻、道端の草、雲の形…。子供の頃を思い出すと、「今」という時を精一杯感じていたことが思い出されます。「今」何かを感じ、新鮮な光彩を放つ世界を感じ、それに合わせてプリズムのように多彩に変化する自分の心を感じ、その心を持つ主体としての自分自身を感じ、今生きていることや今生かされていることを身体で感じて、それらを確かなものとして「今」を生きていました。しかし大人になると、計画や行動や検証や改善に追われて「今」を感じる余裕がありません。後悔や不安に囚われて「今」が極端に窮屈になり、何も見えなくなってしまうことさえあります。どうしたら変えられるでしょう。
過去の積み重ねの上に現在という時間意識があります。不安の強い人は現在の上に更に重しのように未来への不安が乗っています。過去への理解がより肯定的なものに変わったならば、「今」を基礎づける足場は今までよりも安定したものになります。一つの方法としては、(マインドフルネス瞑想(※6)などで)「今」に意識を集中し穏やかな心理状態になって、そこから過去から現在までの自分を俯瞰するように見つめ直してみることです。見方が変れば、今まで気が付かなかった新しい発見があります。孔子は、「過去から新しい気づきを得ることの大切さ」を説いています。「故(ふる)きを温(たず)ねて新(あたら)しきを知(し)る」(温故知新)です。
「温故知新(おんこちしん)」の含意は一般的には、「昔のことを学び、そこから新しい知識や道理を見つけ出すことの大切さ」や「先人の知恵からよく学ぶ者こそがリーダとなれる」などとされています。「歴史に学ぶことで現代への認識が深まる」とも言えます。「新しき知る」とは「最新情報を知る」という皮相的な意味ではありません。「新しさ」を決定づける要因は過去にあります。「新しさ」とは、物事の背景に膨大な過去がある事を覚知して、対比させて浮かび上がる「現在の何か」です。新たな何かが見出される時、「変わった」となるのです。
過去も未来も「今」という手の中
業界人だったある利用者さんは、現役時代、活発に多方面に食い込んで人間関係を仕事に活かし、見事な成果を築いてきました。喫茶店で始まる一日4回の食事のうち、夜の2回は打ち合わせや交渉です。妻にも来客の歓待を命じ、気が利かない時に手を挙げたこともありました。世間知らずの妻に自分の足を引っ張られたように感じたからです。奥様は「夫婦だったけど別々の人生を生きてきたようだった」とその頃を述懐されています。
いつか華やかな時代は遠くなり、体にはガタが出てきました。もどかしさから社会的孤立感を感じるようになっていました。しかし変わらない妻の献身的な支えがありました。過去の自分の活躍も妻の裏付けがあってこそ成り立っていたと気が付いた時、かつては深く考慮をしてこなかったあの頃の妻の気持ちも思い起こされて、それがお詫びと感謝の言葉として伝えられた時、お互いに、決して別々の人生では無かったと感じられてくるのです。今、支えあう生活は、苦労を分かち合い必死に生きてきたお互いを確かめ合う意味のあるものとなっています。
「過去は変えられない」と言う人がいますが、過去への認識は変えることができます。過去を丁寧に振り返り、そこに肯定的な新しい意味を見つけ出せれば、鉛色の「今」も色彩豊かな「今」へと変わっていきます。積み上げられた過去への認識の上に「今」の自己認識があるのですから、「今」それを変えられたなら、自分も未来予測も変わっていくのです。
※6 仏教的瞑想に由来する。呼吸を整えて「今この瞬間の体験に意図的に意識を向け、捕らわれのない状態で、ただ観ること」を実践し平らで穏やかで偏りのない状態へと心を整える。「判断を加えないこと」や「現在の瞬間を中心に置く」ことによって、心理療法の「脱中心化」が行われ自分の体験から距離が取れるようになる。紙ふうせん便り平成29年5月号参照。 |
紙面研修
生き生きと生きるために必要なこと
「最も大切なものは何か」と自問し、囚われに気が付くこと
疲れている時などは嫌なことを余計に嫌だと感じるように、人は感情に引きずられた判断をします。感情には自分に降りかかる嫌な要素を増幅させる働きがあるのですが、それは、危険を察知して積極的に逃避するために必要な動物的な本能とも言えます。しかし一方で、人類は分業制を発達させて文明を築いてきたのですから、「楽しくない仕事を引き受ける人」を必要としてきました。現代では多くの人が、自らの生活や人生と直接的に関わりの無いような、“一体何の意味があるの”と思う事もやらざるを得なくなっています。実際問題、嫌なことが多々ある現代社会の中で「嫌だ嫌だ」と言っていたら、感情はすり減ってしまいます。どうしたら良いでしょう。「人間の暮らしや人生や命にとって本当に大切なものは何か」と問いを立て、ウォールデン湖畔の森に自ら丸太小屋を建てて自給自足生活を営んだソローは、『森の生活』(「死せる詩人の会」引用部分)で以下のように述べています。
「私が森に行って暮らそうと心に決めたのは、暮らしを作るもとの事実と真正面から向き合いたいと心から望んだからでした。生きるのに大切な事実だけに目を向け、死ぬ時に、実は本当には生きていなかったと知ることのないように、暮らしが私にもたらすものからしっかり学び取りたかったのです。私は、暮らしとはいえない暮らしを生きたいとは思いません。私は、今を生きたいのです。私はあきらめたくはありません。私は深く生き、暮らしの真髄を吸いつくしたいと熱望しました。(今泉吉晴訳・小学館)」
介護の仕事は生きる事と向き合い、命の営みがもたらすものから何かを学び取る仕事です。しかし現代の日本では3Kとして嫌われがちな介護職ですから、人生や命を軽視するような価値観の転倒が社会構造に組み込まれてしまっているとも言えます。その転倒に気が付かなければ個人の考えもまた影響を受け、何かに縛られているように感じながら生きることになります。ソローは、人は「自分についての自分の考えの奴隷になり、囚われ人になっています。」と指摘しています。
「つまり私が生き方を提案したいのは、主に、要は不満がある人、運の悪さや時代のひどさをなんとかしたいと思いながら、不平を言っているだけの人です。また、やるべきことはやっていると思っているために、何ごとにも批判的で、投げやりな人がいます。あるいはまた、お金をため込んでいても、どう使ったらよいか、どんなふうに散財したらいいかわからず、とうとう自分のために金銀の足かせを鋳造する人がいます。私はこのような人にも、生き方を提案したのです。(前掲書)」
感情の囚われから自己を解放すること
皆が森の中で生活できるわけではありませんから、「嫌だ」と感じる自分の感情とは、折り合いをつけなければなりません。「どのような自分が“嫌だ”と感じるのか」と、自分を俯瞰してみることも必要です。そして、余計に嫌だと感じる感情の囚われから自己を解放することが大切です。
ソローはエマソンから古代インド聖典を借りて読んでおり、瞑想にも親しんでいたといいます。瞑想の技法は認知症ケアのバリデーションでも取り入れられています。利用者さんと対面する前に瞑想を行い介護者が穏やかで偏りのない精神状態になることによって、苦手意識や嫌だなといった感情(利用者さんは生存本能からネガティブな感情を敏感に察知します)から離れ、利用者さんとの関係を良好なものとし、さらには利用者さんへの肯定的な気付きを促すのです。
マインドフルネス瞑想は、まず、思考や判断を停止し「今」に意識を集中させます。「今」の身体感覚で心を満たします。そして、感情の囚われが自然と離れていくことをゆっくりと待ちます。瞑想から生じる気分転換や集中力の高まりなどの効果を実生活に活かしていきましょう。
【やってみよう】マインドフルネスの簡単なやり方 (1回10分程度を継続すると良い) ・身体の力を抜きリラックスした状態(座位・散歩・仰向け等)を維持します。 ・自然な腹式呼吸を行いながら、身体の感覚に“耳を澄ませ”ます。 |
2022年3月18日 6:02 PM | カテゴリー: 【紙ふうせんブログ】, 令和4年, 紙ふうせんだより
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