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紙ふうせんだより 2月号 (2023/03/14)

幾山河 山川の末

皆様、いつもありがとうございます。庭木の紅梅の鮮やかさに「暖かくなりましたね」と言葉を交わす時、再びの春の巡りに安堵します。利用者さんとの外出介助がだんだんと楽しい季節となってきました。足もとにはオオイヌノフグリやヒメオドリコソウやホトケノザが咲いています。また共に春を喜ぶことができる――。あと何回それができるのか。それは誰にもわからないことだけれど、陽射しに微笑む花々を今は見とれていたいのです。

行く河の流れは絶えずして

小さな虫たちや一年草は冬の訪れにその命を終えますが、種子や卵で子孫を繋ぎます。季節の移ろいは大きな変化のように見えますが、自然の本質からみれば繰り返すさざ波のようなものです。数えきれない無限の生と死から成り立っている自然界に私たち人間も連なっています。自然や宇宙が生死そのものであると思えれば、私の苦悩もまたさざ波でしょうか。

あるご利用者さんが「私はもう歩けなくなった」とこぼしておられました。生活可動域の部分的な制限は、齢を重ねれば誰にでもあることです。しかし、制限に悩む胸の内は個別的です。春の陽射しは万人に等しく降り注ぎますが、胸の内が晴れてくるかどうかについては個別的な関わりが必要です。パーソン・センタード・ケアなどその人中心のケアを試みるならば、「齢をとったら衰えるのは当たり前」と言って、その人の胸の内の苦悩を軽視することはできません。

ADLとしては歩行に問題の無いその方に「私との掃除が終わった後に、ご自分で散歩に行かれたらどうですか?」と声をかけると、一緒の沈黙の後に「私と今から一緒に歩いてもらえませんか」と言われるのです。「歩けなくなった」というのは、様々な制限に自分を否定されたと感じて自己効力感が大きく揺らいで悩んでいる表現です。このままでは、自分で自分を全否定しまいかねないことに苦しんでおられる様子が伺えました。

仙川の遊歩道を歩きながらどのような言葉かけをしようかと思案します。川面の明滅の上をハクセキレイが飛んでいきます。「方丈記(※1)」の冒頭が思い出されます。

「行く河の流れは絶えずして、しかも本の水にあらず。よどみに浮ぶうたかた(泡沫)は、かつ消えかつ結びて久しくとどまることなし。世の中にある人と栖(すみか)と、またかくの如し。」

川の流れは永遠であるように見えて、それをつぶさにみれば川を構成する水は一瞬の後に入れ替わり前と同じ川のように見えても、もはや同じ川ではない。世界も人も街もそれは同じ。永遠に続くように思われる苦悩もまた日々の更新に維持されるのであって、何かをきっかけにして変わることもできるはずです。

「身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ」込み上げてきたものは、この言葉でした。

溺れかかっている時はあがけばあがくほど深みにはまります。しかし開き直って流れに身をまかせれば浮きあがり、浅瀬に寄せられていくのです。私は先の句を引用しながら、「嘆きを一旦脇に置いてみたら、別の景色が見えてくるかもしれませんよ」とお伝えしました。




※1 鴨長明(1155-1216)が1212年に出家し隠棲する一丈四方の庵にて記す。飢饉、疫病、地震、兵革、大火、風水害などが相次ぐ平安末期を描く。「世をのがれ身を捨てしより、恨みもなく恐れもなし。命は天運にまかせて惜しまず厭わず、身をば浮雲になぞらへて頼まず全しとせず。一期の楽しみはうたた寝の枕の上に極まり、生涯の望は折々の美景に残れり」と心境を記している。




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本当に捨てるべきものとは?

古典には日本人の心象が描かれています。「身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ」という句は、江戸時代の「仮名草子集」にみられますが、戦国大名武田氏の軍学書「甲陽軍鑑」や室町時代の「一休ばなし」にも出てきます。出典の中で最も古い時代と思われるものは「空也(くうや)上人絵詞伝」です。空也(※2)は武士の台頭に乱れる平安中期の世にあって、野ざらしの遺体を弔い貧民や病人を助けながら諸国を行脚し、井戸を掘り道や橋を作り市聖(いちのひじり)と呼ばれました。

「山川の末に流るる橡殻(とちがら)も 身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ」

上の句にある「橡殻」とは、栃の実の殻のことです。ずっしりと重い「実」を抱えたままだと栃の実は水に沈んでしまいますが、「実」を手放すことによって「殻」は浮かびあがります。「殻よりも実の方が大切だ」と大抵の人は思っています。

捨てるべきものは、本当は何でしょう。地位や権力や金、過去の出来事や感情や「こだわり」にとらわれて、周囲の大切な人や自分を見失ってしまう人は多くいます。若々しさ健康ばかりを念ずれば老いた身の不都合や窮屈さが際立ちます。そういった「とらわれ」があるから人は苦悩に沈んでしまうのです。

重い気持ちが再び浮かび上がってくるためには、自分が大切だと思っている(本当はどうでも良い)ことを、手放してみることです。浮かぶ瀬とは「執着」から離れた悟りの境地であり、念仏信仰から見れば阿弥陀如来の救済や極楽往生を示しているのでしょう。

また、「身を捨てて」と言っても自殺が良いというわけではありません。「身体」が魂を宿すものならば「殻」もあってこその悟りなのですから、自他の命を粗末にしながら世俗的な実利や体裁や虚栄心に執着していれば「実」と思っているものは我執(がしゅう)(※3)であり、空虚な観念となってしまうのです。

いずれにしても「山川の末に流るる」という言葉に幾山河を越えてきた人生行路航の究極の場面や終盤での課題が示されているように思えてなりません。




※2 空也(903-972)子供の頃から乞食し山野で修行。称名念仏を日本で初めて実践したとされ、貴賤を問わず救済を説いた。

※3 自分だけの小さい考えにとらわれて、離れられないこと。自分の心身の中に恒常不変の実体があると考えて執着すること。




「捨て身」になって見えてくること

自暴自棄の利用者さんと対面することは、大変な労苦を支援者に強いることになります。捨てている「自棄」が、介護拒否などで自らの身体を虐めることであれば、セルフネグレクトと呼ばれたりします。

そのような方も自分の一切を捨てているかと言えば、プライドから「介護なんか受けたくない」という観念を護っていたりします。プライドは「尊厳」と近接するので取り扱いが難しく踏み込むことに支援者は躊躇し、「人は変われないよ」と働きかけを断念することもままあります。「人は変われるのか、変われないのか」という議論は不要です。変わりたくても変われない寂しさに人の世は満ちているとも言えるのですから、変れなくても「それもまた人生」です。

しかし、変わりたかったり変って欲しいと願うならば、今度は支援者側こそが「捨て身」ならなければなりません。人は如何なる生きものなのか、本当に大切なものは何か、そのような価値観の自己開示を一所懸命に行い、必死に語り掛けるのです。

お互いが死に物狂いになって考えの限りを尽くすことできれば、「自分ですら見捨てていた自分に、本気になってくれる人が居た」という安堵の気持ちくらいは訪れるのではないでしょうか。それはお互いにとってかけがえのないものとなるはずです。

幾山河越えさり行かば寂しさの はてなむ国ぞ今日も旅ゆく」この歌は若山牧水(※4)です。寂しさが消滅する国は無いけれど、私たちは自転車を漕ぎ漕ぎ今日も旅を続けるのです。




※4 若山牧水(1885-1928)近代人の自我意識の苦悶の解決を自然に求めた歌人。自然と旅と酒を愛し肝硬変で亡くなる。




 


 


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